つくしはタマの言葉に唾をごくりと飲み込んだ
タマ「……」
タマはゆっくりとその日について話し始める
時間は、楓と光陽が結婚し、清宮の合併についての話も進み、清宮家のホテルや旅館が次々と道明寺名になったころに戻る
楓「西田、先方からの連絡は?」
西田「はい、こちらに」
西田は書類を楓へと渡す
この頃になると、楓は現在の楓のような厳しい表情をするようになっていた
楓「ふう…」
西田「少し休憩を挟んでは?」
楓「…そうね、そうするわ。西田、あなたも少し休みなさい?16時30分にまた」
西田「はっ」
西田は頭を下げ部屋を後にする
現在の楓との決定的な違いは、まだ、楓と西田とのやり取りにも楓に気遣いや優しさが残っていたことだ
楓「…大学卒業後、ほんっと息をつく暇もないわね…結婚もしたのに、夫の顔ももう数か月みていないわ」
楓はそうつぶやき窓のほうを眺める
楓「……あら?今日はこんな所に花を飾ってたのね」
楓はデスクの後ろの方の棚に飾られている花に気づく
楓「前はここは置物だけだったのに、花まで…」
楓は立ち上がり、花びらをゆっくりと撫でた
楓「…セイは海外だとメディアが報じてたわね…太陽の名前は最近ぱったり聞かないけれど、家業はうまくいってるようだわ。数年前のあの卒業プロムから会うこともなく、偶然出会うこともなく、流れるように光陽さんと結婚して、私の肩書が道明寺グループの社長になった、光陽さんは副社長として今はNYの支社にいる…道明寺グループも一時期よりは安定してきたし、私は今度会長…お父様がオーナーだったあのメープルホテルのオーナーを受け継ぐ…順風満帆なはずよ…」
楓はそうつぶやき大きく深呼吸をした
楓「でもへんね、なんか嫌な感じがずっとしてるのよね…もしかしたらあの看板のせいかしら」
楓が窓から眺めると、道明寺家のビルよりは少し低いが、真向いのビルの看板にデカデカと、あの忌まわしき事件の相手、不知火陸率いる歌手グループ、ビロードの写真が使われていた
楓「……あの日の夜のことは決して忘れないわ……今でもまだ思い出す…あの男の手の力…顔…」
楓の表情が怖い顔にかわる
楓「……はあ~……」
そして楓は長い長いため息を吐く
楓「………でも、私個人の事で【道明寺】が復讐してはいけないわね…」
楓はくるりとデスクの方へと向きを変え、また椅子へと座った
楓「…」
楓がデスクにおいてある飲み物に手をかける、すると突然
ビービービービー
楓「…何?!」
けたたましいサイレンの音が鳴り響く
楓「今日は防災訓練なんてないはず…」
西田「社長!!!」
バタバタと西田が社長室のドアをいきおいよく開けた
楓「西田、何事なの?」
西田「……元清宮家従業員が、凶器をもって侵入しました。社長、すみやかに避難を…」
楓「……その従業員は私に話があるはずよ?」
西田「だからこそです。さっ早くこちらへ」
西田に促され、楓は西田の後をついていく
楓「………でもここで退いたら…」
西田「!!!社長、相手は凶器を持っています。精神状態も普通ではありません。今はとにかく身の安全を第一に!社長に万が一のことがあれば数百万の従業員が路頭に迷います!」
楓「……」
西田の言葉に、楓はもう無言で受け入れるしかなかった
確かに、西田の言うとおりだったからだ
西田「しかし、どうやってここのセキュリティーを…」
西田は額に冷や汗をかきながらブツブツと状況整理をはじめている
楓「……」
楓も何かを考えているのか、二人は従業員は使わない、社長と会長だけが使うエレベーター前に到着した
楓「西田、ほかの従業員の避難は?」
西田「すでに手配済みです」
楓「そう、それなら…」
楓は西田の言葉に安堵し、エレベーターへと乗り込んだ
楓と西田を乗せたエレベーターは駐車場に直結してるため一気に下まで下がる
楓「屋上からではないのね」
屋上にヘリコプターで出ることもあるが、この日はすぐに手配できなかったため、車で逃げることとなった
だが、この判断が、悪い結果へと結びついてしまう
あの日あの時、少し社長室にいて、ヘリコプターを手配していれば
それは楓が従業員と話をしていれば
それか、昔楓のことを落とそうとした社員を辞めさせていれば…
この日の後悔の《たられば》は、楓への呪縛のように離れなくなってしまっていったのだった
今日も読んでくださってありがとうございます^^